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ストーリーが面白い作品でした。
勝手ながら、作者様に強いシンパシーを感じた一本でもあります。
※ED中に流れた「原型になったもの(元ネタ)」にて列挙された作品名の数々は、私自身も幼い頃に影響を受けたものばかりだったので…

ゲームとしてみると、物足りなく感じる方も多いかもしれません。
難解な謎解きもなく、高い操作能力を求められるわけでもない…逆に言えば、ゲームフリーク、ゲーマーでなくても気軽に楽しめる作品だと思います。
「RPGツクール製の半ノベルゲーム」と言うとしっくりくる、かな?

イベントの演出や、ストーリー進行度によって変わるタイトル画面などなど…細部にこだわりを感じました。
すごい!!

さて、「プレイ後記」という事なので、ここからはゲームの感想を述べます。
ストーリーを見せる作品なので、EDを迎えるまでに感じた事などをツラツラと…。

このゲーム、プレイを通して私が感じたものは「理不尽」という言葉に尽きます。
作中、古臭い思想に囚われ、身勝手で傲慢な人物たちは、この狭い集落にうまく順応していました。

多くの人の人生を狂わせてきたであろう学校教諭「児玉」に至っては、その横暴を作中で裁かれる事さえありません。
(もっとも、私は三つあるルートのひとつしかプレイしていないので、ひょっとすると他のルートでは、彼の行いに対する…それこそ「天罰」があたっているかも知れませんが…)

一方で、主人公の…アツシ、チハル、マコトの3人にとっての心の支えであったエイジ君は、事故とはいえ自らその命を絶つ事となりました。
エイジくんだけではありません…アツシルートでは、彼の周囲の「善き人」が相次いで亡くなっています。
宮島先生に至っては、村ぐるみでの陰湿な攻撃に、とうとう心さえ壊されてしまいました。

救いはないのか?
とはいえ、たとえばこれで…伏神の力を借りて村の人々に復讐を果たせば、それはまた物語の筋が変わってしまっていた事でしょう。

「過去は変えられない」。
微力とはいえ神の権能をもつ「ひもろぎさん」さえ、エイジ君が死んでしまった事実を曲げる事はできませんでした。
過ぎ去った「あの日」を取り戻そうとした結果、ひもろぎさんが形成した「閉じた世界」は崩壊を迎えます。

ならば、居場所を失った人々は…どうするべきなのか?
結局は、内ではなく…「外に向かっていく」事しかできないのかな、と。
それこそ、「希望や願い、夢を胸に秘めて新天地へ歩き出す」ことが、この閉じた集落に馴染めぬ人々にとっての希望なんじゃあないでしょうか?

「逃避」といわれれば正にそうです。
ただ、因習や前時代的思想に雁字搦めにされ、窮屈で息苦しい思いをしながらこの村で生きていくよりも、自分らしく胸を張れる場所で生きていける方が、私個人としては…救いがある、と思いました。

「居場所はなくても、帰る場所はある。」
ひもろぎさんとなったエイジ君…そのエイジ君が佇む伏神神社の境内こそが、3人にとっての正に「聖域」であり、帰る場所なんじゃあないかな?
動画はエイジルートをクリアしただけで一先ず終了となっていますが、近いうちにまた、他二人のルートも見てみたいものです。
個人的には、チハルちゃんの恋模様も気になるところ。
(とはいえ、仲良し4人組の中にそんな感情は不釣合いかもしれませんね)

動画を含め、プレイ後記まで目を通してくださった方、本当にありがとうございます。
よろしければ別の動画でも、応援してくださるとうれしいです。
感謝感謝!

※こぼれ話、という名の妄想
「村を去る」選択をした人々を、村で生きる人々は指差して笑うことでしょう。
「負け犬」などとはき捨てるかもしれません。
恐れ多いことです。
彼らが信奉する伏せる神は、犬神さまであらせられるのに…なんてね?


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